元プロボクサー【内山高志】木村ミノル、亀田史郎さんとのスパーリングや皇治さんとのコラボ動画など深堀してみました!

ボクサーで人気の内山高志KOチャンネルさん。    

 

 

今回は、内山高志KOチャンネルさんの最新動画の紹介とともに、内山高志KOチャンネルさんについて徹底的に調べてみました!  

 

内山高志KOチャンネルのプロフィール

 

まず最初に内山高志KOチャンネルさんのプロフィールを紹介します。  

 

名前:内山 高志(うちやま たかし)

 

生年月日:1979年11月10日 41歳(2021年2月現在)

 

出身:埼玉県春日部市

 

身長:172㎝

 

日本の元プロボクサー。実業家。ボクシング解説者。第35代OPBF東洋太平洋スーパーフェザー級王者。元WBA世界スーパーフェザー級スーパー王者。その戦いぶりから「ノックアウト・ダイナマイト」の異名を持つ。

 

ワタナベボクシングジム所属。

 

入場曲はThree 6 Mafiaの「It’s A Fight」。

 

日本におけるボクシング世界王者として、歴代3位となる11回連続防衛の記録を保持した。

 

 

「内山高志」の画像検索結果

内山高志KOチャンネルのYouTubeチャンネル

 

ボクサーのパンチの威力ははたして…どれくらいの数値が出たか大変気になる動画です。

 

皇治さんとのコラボ動画です。

 

 

皇治さんについての記事はコチラです!

 

格闘家で有名の【皇治】さんが大物YouTuberゲストをドッキリで怒らせてしまう!?那須川天心さんと対戦した時の心境など彼を徹底解析していきます。

 

 

 

畑山さんとのスパーリング動画です。

 

元WBAスーパーフェザー級王者同士が戦う姿は見ものですね。

 

 

 

 

亀田史郎さんとのスパーリング動画です。

 

 

亀田史郎さんについての記事はコチラです!

 

【亀田史郎チャンネル】あの亀田史郎のYouTubeチャンネルが大人気!?娘が出てる?嫁も?西成で食べ歩き?ピザポテトとは?亀田史郎を徹底深堀り!!

 

 

 

木村フィリップミノルさんとのスパーリング動画です。

 

パンチ力が出るテクニックなども解説しています。

 

 

【木村フィリップミノル】さんの奥さんはあの松本メイ!?【セクシー女優】武尊さんとのスパーリングで喧嘩勃発!?彼について深堀してみました!

 

内山高志KOチャンネルの人物像

 

アマチュア時代

長崎県の三人兄弟の次男として生まれ、幼少期に埼玉県春日部市に転居。小学校時代は内牧少年野球クラブで野球に親しみ、春日部市立春日部中学校時代にはサッカー部に所属。辰吉丈一郎や川島郭志などの影響を受け、ボクシングの強豪である花咲徳栄高校に進学し、ボクシングに転向した。高校3年時の1997年に初の全国大会出場となる高校総体にバンタム級で出場しベスト8入り。同年のなみはや国体少年の部バンタム級では榎洋之らを倒し準優勝した。

高校卒業後はボクシングの名門である拓殖大学に進学。しかし、補欠にも選ばれず同級生の荷物運びという厳しい扱いを受ける。この屈辱をばねにして努力を重ね 、階級もライト級に上げた。大学4年時の2001年には新世紀・みやぎ国体で、当時アマチュア最強とされた飯田育夫(日本大学)を追いつめたものの判定で敗れた。同年の全日本アマチュアボクシング選手権大会では飯田を破り優勝。

大学卒業後、高知県の久保建設に事務員として勤務しながら2002年のよさこい高知国体で優勝し、全日本選手権を連覇。同年に行われたタイ王国主催のキングスカップでは、優勝したアトランタオリンピック金メダリストのソムラック・カムシンに敗れ、銅メダルを獲得。同年度のアマチュア部門努力賞を受賞。東京都の青和観光株式会社に転職した2003年には全日本選手権3連覇を果たし、国体も含めアマチュア4冠を達成。同年の世界選手権大会ではベスト16入りし、同年度のアマチュア部門年間優秀選手賞を受賞

2004年のアテネオリンピック出場を目標として日本国内予選を勝ち抜いたが、同年5月11日にカラチ(パキスタン)で開催されたアジア地区最終予選で1回戦敗退。本選出場を逃し引退を決意するが、同年の彩の国まごころ国体が出身地の埼玉県で開催されたこともあり、体調が万全でないまま出場し決勝まで進むものの細野悟(法政大学)に敗れた。国体後は再び引退の意思を固めてプロのジムやK-1などからの誘いも断ったが、ビータイトプロモーションの瀬端幸男の説得で引退を撤回し、ワタナベボクシングジムからプロへ転向することを決めた。

プロ時代

アマチュアでの実績があったため、B級ライセンスのプロテストを受験し合格。

2005年7月16日、6回戦でプロデビュー。初回TKO勝ちを収める。

東洋太平洋王座獲得

2007年9月8日、8戦目で空位のOPBF東洋太平洋スーパーフェザー級王座決定戦でナデル・フセイン(オーストラリア)と対戦し、8回TKO勝ちで王座奪取に成功した。その後、2009年10月まで5度の防衛に成功し、同年12月に王座返上。

WBA王座獲得と防衛

2010年1月11日、14戦目で世界初挑戦。東京ビッグサイトでWBA世界スーパーフェザー級王者フアン・カルロス・サルガド(メキシコ)に挑む。序盤から的確にパンチを集めて試合を優勢に進め、11回終了時点でポイントを大きくリード。判定でも勝利は間違いない状況であったが、最終12回も攻撃の手を緩めず、残り40秒を切ったところで王者からダウンを奪った。立ち上がった王者を連打で追撃し、12回2分48秒レフェリーストップによるTKO勝ち。無敗で王座獲得に成功した

2010年5月17日、地元・埼玉県のさいたまスーパーアリーナ・コミュニティアリーナでWBA世界スーパーフェザー級12位でWBAフェデラテンスーパーフェザー級王者アンヘル・グラナドス(ベネズエラ)と対戦。身長185cmとスーパーフェザー級では異例の長身とウェルター級で戦った経験があるグラナドスを相手に序盤から的確にパンチをヒットさせ、6回に右フックでダウンを奪い、6回1分42秒レフェリーストップによるTKO勝ちで初防衛に成功した

2010年9月20日、さいたまスーパーアリーナ・コミュニティアリーナでWBA世界スーパーフェザー級5位のロイ・ムクリス(インドネシア)と対戦。序盤から相手のボディーに効果的にパンチを浴びせて主導権を握る。迎えた5回、残り1分を切ったところで右ストレートをクリーンヒットさせたのを皮切りに、挑戦者をロープに詰めて一気に連打を浴びせ、ダウンを奪うと相手はそのまま立ち上がれず。結局、レフェリーはカウントを途中でストップ。5回2分27秒TKOで王座防衛に成功した。世界王座獲得から3戦続けてのKO勝利は、日本の世界王者としては初めて。ムクリスは試合後も起き上がることができず、担架に乗せられ会場近くの病院へ直行。左ほお骨骨折で入院を余儀なくされた。

2011年、1月14日 東京・文京区のJBC事務局にて前年11月にニカラグアで行われたWBA総会で受賞が決定したアジア優秀選手賞の記念品贈呈式が行われ、記念のプレートが贈呈された。

2011年1月31日、東京・有明コロシアムでWBA世界スーパーフェザー級4位の三浦隆司(横浜光)と対戦した。当初、この試合は1月10日にWBA世界スーパーフェザー級暫定王者ホルヘ・ソリス(メキシコ)との王座統一戦となる予定だったが、ソリスが気管支肺炎を患ったため試合を辞退。それに伴い、三浦との日本人対決に変更となった。試合は3回に偶然のバッティングで右目上をカットし、さらに挑戦者の左ストレートでダウンを奪われたものの、その後は左ジャブを的確に当て続け、挑戦者の右目を腫れ上がらせる。そして、8回終了後のインターバルで挑戦者側が右目の視界を失ったことを理由に棄権しTKO勝ちで3度目の防衛成功。これで世界王座奪取から4連続(世界王座奪取前から数えると7連続)のKO勝ちとなった。試合終了後、内山は左ジャブを多用した理由として「試合中に右手を骨折していた」ことを明かした(診断の結果、骨折ではなく右手甲の手根骨と中手骨の脱臼であった)。また内山は3度目の防衛戦前の練習でも右拳を痛めていた為、試合後に右拳の手術を受けさせ、暫く防衛戦を組まなかった。

2011年12月31日、前回の防衛戦から11ヶ月間を置いてWBA世界スーパーフェザー級暫定王者ソリスと横浜文化体育館で対戦した。5回にソリスをぐらつかせるなど冷静に自分のペースを作って試合を運ぶ。11回開始直後に左フックでダウンを奪ったところでソリスは失神。レフェリーがノーカウントで試合をストップ。4度目の防衛と王座統一に成功した。奪取戦を含めた世界戦5連続KO勝ち、および世界タイトル統一戦KO勝ちは日本人選手では初となった。

2012年4月、春日部藤まつりにて、内山の5度目の防衛戦の春日部市開催決定を祝う人々

2012年3月1日、WBA本部があるパナマ・パナマ市で前年度のWBA年間KO賞に選ばれ表彰式に出席した。WBAのKO賞を日本人が受賞したのは史上初の快挙だった

2012年7月16日、地元のウィングハット春日部でWBA世界スーパーフェザー級6位のマイケル・ファレナス(フィリピン)と対戦したが、3回に内山が偶然のバッティングで右目上を負傷し試合続行が不可能となり、連続KO記録は途絶えたが3回負傷引き分けで5度目の防衛に成功した。負傷した部分は三浦戦でもカットしており、今回の試合では長さ6センチ、深さ8ミリの重度の裂傷だった。

2012年12月31日、大田区総合体育館でWBA世界スーパーフェザー級1位でWBA世界スーパーフェザー級暫定王者のブライアン・バスケス(コスタリカ)と対戦。中盤からボディブローを多用し、8回途中左フックで無敗の暫定王者バスケスをよろめかし、残り30秒からラッシュの猛攻で、相手をロープ際に追い込みレフェリーストップによる8回3分TKO勝ちで6度目の防衛と2度目の王座統一に成功した

2013年5月6日、大田区総合体育館で元WBA世界フライ級王者ロレンソ・パーラの弟でWBA世界スーパーフェザー級10位のハイデル・パーラ(ベネズエラ)と対戦。5回に左ボディブロー一発でダウンを奪いカウントアウト。5回2分15秒KO勝ちで7度目の防衛に成功した。試合後にWBAからこれまでの防衛を称えられ、スーパーチャンピオンベルトを贈呈された

2013年12月31日、大田区総合体育館で元日本スーパーフェザー級王者でWBA世界スーパーフェザー級4位の金子大樹(横浜光)と対戦。10回にダウンを奪われるもその後見事なリカバリーを見せ、12回3-0(3者とも117-110)の判定勝ちを収め8度目の防衛に成功した

2014年12月31日、大田区総合体育館でWBA世界スーパーフェザー級9位のイスラエル・ペレス(アルゼンチン)と対戦。ジャブ、左ボディブローでペレスにダメージを蓄積させ、9回終了後のインターバルで挑戦者陣営が棄権を申し出たため、TKO勝ちで9度目の防衛に成功した。2015年1月17日、WBAは内山をWBAの2014年12月度の月間MVPに選出した

スーパー王座認定

2015年2月21日、WBA世界スーパーフェザー級王座の9度の防衛中7度のKO防衛という試合内容が評価されスーパー王座に認定された

2015年5月6日、大田区総合体育館でOPBF東洋太平洋スーパーフェザー級王者でWBA世界スーパーフェザー級7位のジョムトーン・チュワタナ(タイ)と対戦。右ストレートでダウンを奪い、立ち上がる素振りを見せないジョムトーンを見てレフェリーは試合をストップ。2回1分15秒KO勝ちを収め10度目の防衛に成功した

2015年12月31日、大田区総合体育館でWBA世界スーパーフェザー級6位で元WBAフェデボルライト級王者のオリバー・フローレス(ニカラグア)と対戦。相手の左に合わせたボディブロー1発で3回1分47秒TKO勝ちを収め11度目の防衛に成功した。2016年1月19日、WBAは内山をWBAの2015年12月度の月間MVPに選出した

2016年1月28日、WBAからWBA世界スーパーフェザー級正規王者ハビエル・フォルトゥナ(ドミニカ共和国)と統一戦を行うよう指令され、30日以内に交渉がまとまらなければ入札を行うと通達された。また、この試合の勝者は同級暫定王者ジェスレル・コラレス(パナマ)と統一戦を行うことも指令された

2016年4月27日、大田区総合体育館でWBA世界スーパーフェザー級暫定王者でWBA世界スーパーフェザー級1位のジェスレル・コラレスと対戦し、2回に3度ダウンを奪われて試合終了。2回2分59秒TKO負けを喫しトッド・モーガンとブライアン・ミッチェルと並ぶスーパーフェザー級最多防衛タイ記録となる王座統一による12度目の防衛に失敗し王座から陥落した

現役続行

2016年10月12日、都内のジムで記者会見を開き、現役を続行すると宣言した。復帰戦は年末となり、ジェスレル・コラレスとの再戦が内定した。

2016年12月31日、大田区総合体育館でWBA世界スーパーフェザー級スーパー王者のジェスレル・コラレスと対戦し、12回1-2(112-115、110-117、114-113)の判定負けを喫し王座返り咲きに失敗した

現役引退

2017年7月29日、現役引退を表明した

引退後

現在はTBSを中心に各局の解説者を務めている。

2018年12月、東京都四谷三丁目にフィットネスジム「KOD LAB FITNESS BOXING」をオープンした

2020年2月16日、出身地である埼玉県春日部市にもジムを開設した。   引用:wiki

 

ーエピソードー

  • ゲームセンターのパンチングマシンで700kgを記録し、マシンを壊したことがある
  • 青和観光勤務時代は優秀な営業マンであった。自身のプロ転向後も、初めて会う人に対しては、自分を知ってもらうために常に携帯している資料を見せる。試合後のあいさつ回りもきっちりと行うなど、ファンを喜ばせるための大変な努力をしている。そのため、早い時期から自らの時間のすべてをボクシングに費やすことが可能となった。なお、デビュー戦のファイトマネーは本来現金とチケットの支払いであるところを敢えて全額チケットで受け取り完売したと言う(総額500万円程度)伝説も持っている。
  • 2009年11月には実弟の篤も松田ボクシングジムからプロデビューした
  • キックボクサーの日菜太とは練習仲間である。内山自身も2004年の国体後にK-1からオファーを貰ったが、当時はまだ内山に合った軽い階級が無かったことに加え、アテネオリンピック出場を逃したことで引退を考えていたため断っている。
  • 2010年10月1日に出身の埼玉県春日部市より、「かすかべ親善大使」に委嘱された。同年11月5日には母校の埼玉県春日部市立内牧小学校から「ようこそ先輩!」集会に招かれ、624人の全校児童を前に練習の苦しさ、それを耐えた先にある楽しいことやうれしいこと、継続することの大事さを語った。春日部市は2012年度から内山を題材にした道徳の授業を始めており、目標を立てても最後までやり遂げることが苦手な子が多く、「夢をあきらめず、努力すること」の大切さを学ばせている
  • 2013年4月4日にボクサーでは初のジュニア野菜ソムリエの取得に成功し、日本野菜ソムリエ協会の「野菜ソムリエ アンバサダー」に任命された
  • 7度目の防衛戦より親交の深いロックシンガー岡本隆根の「HIT MAN!」を公認サポーターソングとして防衛成功後の退場シーンなどで流れている。この曲は内山本人も岡本との共作という形で作詞、コーラスにも参加している
  • 動物好きであり、特に愛猫家である。引退会見では「将来は猫カフェを開きたい」とコメントした事がある。インスタグラムには内山が飼っている猫の写真がよく掲載されている。    引用:wiki

内山高志KOチャンネルのSNS

 

今年1/19日にツイッターを始めたことがツイートされています。

 

 

内山高志KOチャンネルの年収

 

累計収入 109万3539円
推定年収 109万3540円
再生回数 911万2833回
チャンネル登録者数 7万800人
動画投稿数 39本
1動画あたりの再生回数 23万3662回
チャンネル運用期間 0年7ヶ月
2020年07月04日~

 

内山高志KOチャンネルの人気動画

 

内山高志KOチャンネルさんの人気の動画はこちらとなっています。  

 

 

 

なんと再生数は74万回!

 

井上尚弥選手の強さについて語っている動画です。格闘家ならではの視点で、格闘技を知らない人が観ても面白い動画ですね。

 

内山高志KOチャンネルの最新動画

 

そんな内山高志KOチャンネルさんの最新動画はこちら!  

 

 

 

宇津木さんとのスパーリング動画です。

 

41歳とは思えないほどの体力ですね。

 

まとめ

 

今回は内山高志KOチャンネルさんについて調べてみました。 いかがでしたか?    

 

 

ボクサーで人気の内山高志KOチャンネルさんですが、今後も要チェックなYouTuberだと思います!    

 

 

これからも内山高志KOチャンネルさんに注目したいと思います!