世界王者から大麻成分、陽性認める【井岡一翔 Diet Academy】格闘家である彼のプロフィールやチャンピオンとしての実力など深堀してみました!

 

格闘家で人気の井岡一翔 Diet Academyさん。  

 

今回は、井岡一翔 Diet Academyさんの最新動画の紹介とともに、井岡一翔 Diet Academyさんについて徹底的に調べてみました!

 

井岡一翔 Diet Academyのプロフィール

 

まず最初に井岡一翔 Diet Academyさんのプロフィールを紹介します。

 

 

名前:井岡 一翔(いおか かずと)

 

生年月日:1989年3月24日 32歳(2021年4月現在)

 

出身:大阪府堺市

 

身長:165.6㎝

 

日本のプロボクサー 第33代日本ライトフライ級王者。

 

元WBC世界ミニマム級王者。元WBA世界ミニマム級王者。元WBA世界ライトフライ級王者。元WBA世界フライ級王者。

 

現WBO世界スーパーフライ級王者。日本人初の世界4階級制覇王者

 

元プロボクサーである父・井岡一法が会長を務める井岡ボクシングジム・プロフェッショナル、SANKYO、DANGAN AOKIボクシングジム(旧Reason大貴ボクシングジム)を経て、現在はAmbition GYM所属。

 

興國高等学校卒業・東京農業大学中退。メディア応対はマネジメント契約を結んでいるトラロックエンターテインメントが行なっている。

 

弟が2人いる。井岡ボクシングジム初代会長で井岡弘樹ボクシングジム会長の元世界2階級制覇王者井岡弘樹は叔父(一法の弟)。既婚

 

井岡一翔 Diet AcademyのYouTubeチャンネル

 

彼の愛車を紹介!ランボルギーニを手放した理由など車への想いを語ります。

 

 

 

 

大晦日戦後のインタビュー動画です。

 

有言実行した男のボクシングへの想いや、試合中の心境など解説していきます。

 

 

 

 

3ヶ月で旦那を痩せさせるプログラムを説明していきます。

 

旦那を痩せさせたい方必見の動画です(笑)

 

 

井岡一翔 Diet Academyの来歴

アマチュア時代

中学1年時に叔父が所属していたグリーンツダジムでボクシングを始め、中学3年時に叔父の井岡弘樹が設立した井岡ジムへ移籍。興國高等学校在学中にはライトフライ級で2年時に選抜大会、インターハイ、晴れの国おかやま国体で優勝し、2005年度アマチュア部門新鋭賞を受賞。3年時も選抜大会、インターハイ、のじぎく兵庫国体の各大会で優勝して粟生隆寛・大迫亮らに次ぐ史上3人目の高校6冠を達成した

高校卒業後は東京農業大学に進学して北京オリンピック出場を目指したが、1年時の全日本アマチュアボクシング選手権大会決勝で大久保賢児に1ポイント差で敗れ出場を逃した。翌2008年のキングスカップでは、前年の世界選手権で銅メダルを獲得したタイのアムナット・ルエンロンに準決勝で敗れたものの、銅メダルを獲得。しかし、この時の井岡はオリンピックを視野に優勝を狙っていたため、「銅メダルもメダルなしも自分としては一緒」と感じていた[映像 1]。同年の全日本選手権の決勝では林田太郎(駒大1年)に1ポイント差で敗れ2年連続準優勝となった。大学では秋田わか杉国体・チャレンジ!おおいた国体で優勝したが、北京オリンピックという目標が消えたことを理由にプロ転向を決め、大学を2年途中で中退した

プロ転向

2009年1月18日、B級試験のプロテストに合格してB級ライセンスを取得し、同年4月12日に大阪府立体育会館第1競技場でプロデビュー。メインイベントでタイ王国フライ級王者のトンタイレック・ポーウォラシンとライトフライ級ノンタイトル6回戦を行い、3R26秒TKO勝利を収めた

2009年7月26日、大阪府立体育会館第1競技場で日本ミニマム級7位の松本博志(角海老宝石)とライトフライ級ノンタイトル8回戦を行い、2R終了間際にノックダウンを奪ってから連打をまとめて2R2分59秒TKO勝利を収めた。この試合後、日本ミニマム級8位にランクインした。

2009年12月29日、大阪府立体育会館第1競技場でWBA世界ライトフライ級9位・WBC世界ライトフライ級12位の國重隆(大阪帝拳)とライトフライ級ノンタイトル10回戦を行い、3-0の判定勝利を収めた。この勝利で世界ランク入りが確実と報道され、年明けにWBA、WBCともライトフライ級14位にランクされた。なお、この試合はメインイベントとして行われ、世界タイトルマッチである高校の先輩石田順裕(金沢)のWBA世界スーパーウェルター級暫定王座の防衛戦がノンタイトル戦の前座となる日本では異例の扱いだった。また、CS放送(スカイ・A sports+)ながら生中継もされた。

2010年4月18日、大阪府立体育会館第1競技場でWBA世界ライトフライ級13位・WBC世界ライトフライ級13位としてOPBF東洋太平洋ミニマム級7位・インドネシアミニマム級王者のヘリ・アモルとライトフライ級ノンタイトル10回戦で対戦。9Rにアマチュア時代を含め109戦目で初めてダウンを奪われたが、6 – 7ポイント差の3-0で判定勝利を収めた。

2010年7月25日、大阪府立体育会館でWBA世界ライトフライ級12位・WBC世界ライトフライ級10位としてフィリピンフライ級8位のアルバート・アルコイとライトフライ級ノンタイトル10回戦を行い、9RTKO勝利を収めた。この試合は同一興行内で行われた亀田興毅・大毅兄弟の試合と合わせ「トリプル世界前哨戦」としてTBSで中継され、以降の試合も同局が中継するようになる。

2010年10月10日、大阪府立体育会館第2競技場で同門の宮崎亮が返上した日本ライトフライ級王座をかけ、WBAライトフライ級9位・WBC同級7位として日本同級1位の瀬川正義(横浜光)と王座決定戦10回戦を行い、10R1分57秒負傷TKO勝利で王座を獲得した。その後、12月15日に世界王座挑戦へ専念するため同王座を返上した

世界ミニマム級タイトル獲得と防衛

2011年2月11日、神戸ワールド記念ホールでWBC世界ミニマム級王者オーレイドン・シスサマーチャイ(タイ)に挑戦。2回に左フックでダウンを奪い、5回に左ボディブローで2度目のダウンを奪うとレフェリーがカウントを途中でストップ。5回1分7秒TKO勝利を収め、辰吉丈一郎と名城信男の当時として国内最速記録を更新する7戦目(2014年、井上尚弥により6戦、さらに2015年に田中恒成により5戦に更新される)での世界王座獲得に成功すると共に平成生まれの選手としては初の世界王者となり、試合後のインタビューでは周囲への感謝を語った後に4階級制覇を宣言した。当時、『リング』誌の編集長だったナイジェル・コリンズは、「井岡の非凡な功績は3戦目でスーパーライト級世界王座を獲得したセンサク・ムアンスリンを彷彿させる」と言って、この戴冠劇を絶賛した

2011年8月10日、後楽園ホールでWBC世界ミニマム級1位でNABF北米ミニマム級王者のフアン・エルナンデス(メキシコ)と対戦し、12回3-0(116-112、117-111、118-111)の判定勝利を収め初防衛に成功した

2011年12月31日、大阪府立体育会館でWBC世界ミニマム級10位でWBC世界ミニマム級ユース王者のヨードグン・トーチャルンチャイ(タイ)と対戦し、初回1分38秒TKO勝ちを収め2度目の防衛に成功した。なお、この試合のKOタイムは1972年に輪島功一がマークした1R1分49秒を抜いて当時の日本の選手による世界王座防衛戦としては最速であり、世界戦全体でも1992年に平仲明信が王座奪取したときの1R1分32秒に次ぐ記録である(双方の記録とも、のちに井上尚弥が2018年に1R1分10秒の記録で更新)。

WBA王者との統一戦

2012年6月20日、大阪府立体育会館でWBA世界ミニマム級王者八重樫東(大橋ジム)と統一戦を行った。試合は序盤より両者の持ち味を発揮したが、八重樫の両まぶたを腫らすなど的確な有効打を集めた結果、3-0(115-114、115-113×2)の判定勝ち。WBC王座3度目の防衛ならびにWBA王座獲得に成功。日本人による初のWBA、WBC世界王者同士の統一戦に勝利しての(男子かつ同一階級の)世界王座統一を果たした。しかしながら、WBA・WBC両団体より今回の試合を王座統一戦として認定する条件として「この試合の勝者は10日以内にWBA・WBCいずれかの王座を返上する事」が義務付けられていたため、その条件に従う形で王座統一から9日後の6月29日、WBC王座を返上することを発表した。この試合後はライトフライ級での2階級制覇を目指すことになり、4か月後の10月5日にWBA王座も返上した。

井岡は王座統一後、『リング』誌のランキングを2位から1位に上げた。元1位のヌコシナチ・ジョイは無敗ながら年に1度ペースでしか試合をしない一方で、井岡が楽な試合をせず、王座を統一したことが評価された。また、この選考過程で、同誌ランキング諮問委員の一人からは、「このようにチャンスを掴む行為は報われるべきだ。井岡はプロ10戦目にして王座を統一することで自分自身に挑戦している。これは(若くして実績を残した)ウィルフレド・ベニテスのような功績だ。井岡は非常に過小評価されたオーレイドン・シスサマーチャイを倒して王座を獲得したのであり、忘れてはならないのは、彼がこれらのことを階級を下げてやってきているということだ」という強い支持があった

この勝利により、トレーナーである父・一法は同年度のエディ・タウンゼント賞を受賞した

ライトフライ級転向

2012年12月31日、大阪府立体育会館で元WBA世界ライトフライ級暫定王者でWBA世界ライトフライ級5位のホセ・アルフレド・ロドリゲス(メキシコ)とWBA世界ライトフライ級王座決定戦で対戦し、井岡がロドリゲスから1回と6回の合計3度のダウンを奪い、6回2分50秒TKO勝ちを収め、日本人選手最短のプロ11戦目での2階級制覇を達成した

2013年1月7日、2012年の年間表彰選手 (ボクシング)で井岡が最優秀選手賞を受賞した。また「井岡一翔 対 八重樫東戦」が「年間最高試合」を受賞した

2013年1月24日、同年2月23日までの30日間でWBA世界ライトフライ級スーパー王者ローマン・ゴンサレス 対 井岡一翔戦が両者にとって次戦となるよう交渉して合意するようにとWBAより通達を受け、同年2月7日、WBAは同月18日に最低価格を8万米ドルとする入札を行うと発表し、ファイトマネーの配分がゴンサレスが75%、井岡が25%となることが確定した。しかし、2月15日、ゴンサレス戦に消極的だった井岡陣営からの要望により入札は中止となり延期されることとなった。父親でありプロモーターでもある一法は、ゴンサレス戦回避の理由について準備期間が短かったことと、統一戦はラスベガスで行うべきとゴンサレス陣営と意見が一致したことを挙げている。その後ゴンサレス戦の実現に向けた動きはなかった。

2013年5月8日、大阪府立体育会館で元PABAライトフライ級王者でWBA世界ライトフライ級3位のウィサヌ・ゴーキャットジム(タイ)と対戦し、9回2分51秒KO勝ちを収め初防衛に成功した

2013年9月11日、大阪府立体育会館で元WBA世界ミニマム級王者でWBA世界ライトフライ級5位のクワンタイ・シッモーセン(タイ)と対戦し、7回2分17秒KO勝ちを収め2度目の防衛に成功した

2013年12月31日、大阪府立体育会館でWBA世界ライトフライ級4位のフェリックス・アルバラード(ニカラグア)と対戦し、12回3-0(115-113、119-110、119-109)の判定勝ちを収め、3度目の防衛に成功した

2014年2月28日、フライ級に転向する為にWBA世界ライトフライ級王座を返上した

フライ級転向

2014年5月7日、大阪府立体育会館でアマチュア時代に対戦経験のあるIBF世界フライ級王者アムナット・ルエンロン(タイ)と対戦したが、王者の執拗なクリンチに苦しみ12回1-2(114-113、108-119、112-115)の判定負けを喫し、世界最速のプロ15戦目での3階級制覇に失敗した

2014年9月16日、後楽園ホールでWBA世界フライ級14位のパブロ・カリージョ(コロンビア)と対戦し、10回3-0(98-92、99-93、99-91)の判定勝ちを収め再起に成功した

2014年12月31日、大阪府立体育会館で元WBA世界フライ級暫定王者のジャン・ピエロ・ペレス(ベネズエラ)と対戦し、5回2分9秒KO勝ちを収めた

2015年4月22日、大阪府立体育会館でWBA世界フライ級王者のファン・カルロス・レベコ(アルゼンチン)と対戦し、序盤はレベコが手数で上回っていたが、終盤からは左ジャブでリズムをつかみ徐々に王者のパンチが当たらなくなり、12回2-0(114-114、116-113、115-113)の判定勝ちを収め悲願にしてジェフ・フェネックを上回る最速での3階級制覇を達成した

2015年9月27日、大阪府立体育会館でロベルト・ドミンゴ・ソーサと再戦し、12回3-0(2者が119-109、120-108)の判定勝ちを収め初防衛に成功した

2015年12月31日、大阪府立体育会館で元WBA世界フライ級王者でWBA世界フライ級2位の指名挑戦者ファン・カルロス・レベコと再戦し、11回1分57秒TKO勝ちを収め2度目の防衛に成功した

2016年7月20日、大阪府立体育会館でWBA世界フライ級6位でWBCラテンアメリカフライ級王者のキービン・ララと対戦し、11回1分11秒KO勝ちを収め3度目の防衛に成功した

2016年10月6日、WBAはWBA世界フライ級正規王者の井岡一翔とWBA世界フライ級暫定王者のスタンプ・キャットニワットに対し、王座統一戦に関する対戦交渉を開始するよう指令を出した

2016年12月31日、島津アリーナ京都でWBA世界フライ級暫定王者のスタンプ・キャットニワットと王座統一戦を行い、7回2分51秒TKO勝ちを収め王座を統一し4度目の防衛に成功した

2017年4月23日、大阪府立体育会館でWBA世界フライ級2位でWBCインターナショナルフライ級シルバー王者のノックノイ・シップラサートと対戦し、12回3-0(2者が117-110、116-111)の判定勝ちを収め5度目の防衛に成功した

2017年6月23日、同年5月20日に体重超過で王座を剥奪されたフアン・エルナンデスに6回2分58秒TKO勝ちを収めWBC世界フライ級王者となった比嘉大吾(白井・具志堅スポーツジム)が、記者会見の席で井岡との統一戦の実現を希望した。豊富な戦績があり、テクニックに定評のある井岡と、若く勢いがあるハードパンチャーの比嘉の対戦が実現するかどうかが注目されていた

2017年8月1日、WBAはWBA世界フライ級王者の井岡一翔とWBA世界フライ級1位のアルテム・ダラキアンに対し、同年7月31日から30日間の交渉期限で指名試合を行う事でまとめるように指令を出した

2017年11月9日、父親でもある井岡一法会長が井岡一翔不在で会見を開き、同年12月31日にWBA世界フライ級1位でWBAコンチネンタルフライ級王者のアルテム・ダラキアンと6度目の防衛戦を行う計画があったのだが、「(谷村奈南との結婚後、井岡一翔の練習が)コンスタントに出来ていない。準備が間に合わない。指名試合で、相手を待たすわけにもいかないし。いったん返上しようということになった。」とWBA世界フライ級王座の返上を発表。井岡一翔の今後については「本人がやる気があれば、いつでも教えていく。モチベーションがなければ引退するしかない。二つに一つ」と現役引退の可能性を口にしたが、「(井岡一翔は)東京では走って体を作っていて、体重も60kgを超えずキープしている。3ヵ月あればコンディションは作れると思う。来年に再起戦を組むことも、4階級制覇を狙うことも出来る。」と井岡一翔が現役続行を決意し、井岡一翔本人が希望すればサポートする考えがあることも口にした

2017年11月13日、WBAが井岡一翔のWBA世界フライ級王座の返上を公式サイト上で発表した

引退から現役復帰、日本人男子初の4階級制覇

2017年12月31日、井岡がTBSの番組「KYOKUGEN」で生中継された記者会見の中で、同月30日に日本ボクシングコミッションに引退届を受理されたことを明らかにし、「さらなる人生の目標を見つけたので4月の5度目の防衛戦の前に引退を決めました。次のステージに進むビジョンはできています」と電撃引退を表明した 

引退から約7ヶ月が経過した2018年7月20日、都内で会見を行い、トム・ローファーが率いる360プロモーションズと契約を結び、所属先がパチンコ製造メーカーのSANKYOになることを発表し、同年9月8日にカリフォルニア州イングルウッドのザ・フォーラムで開催される「SUPER FLY3」で現役復帰することを表明した

2018年9月8日、カリフォルニア州イングルウッドのザ・フォーラムにてファン・フランシスコ・エストラーダVSフェリペ・オルクタの前座でWBC世界スーパーフライ級シルバー王者マックウィリアムズ・アローヨと対戦し、10回3-0(97-92×2、99-90)の判定勝ちを収め王座を獲得した。この試合は米国ではHBOのボクシング中継番組「ボクシングアフターダーク」で中継された。

2018年12月31日、マカオのウィン・パレスにて元3階級制覇王者ドニー・ニエテスとWBO世界スーパーフライ級王座決定戦を行い、12回判定負けで王座獲得に失敗した

2019年3月27日、東京都内で会見し、国内復帰をするために日本ボクシングコミッション(JBC)に選手としてライセンスを申請しており、今後は「Reason大貴ジム」所属となることを発表した

2019年6月19日、2年2か月ぶりの国内リング復帰戦となった幕張メッセ・イベントホールでのWBO世界スーパーフライ級1位のアストン・パリクテとニエテスの返上したWBO世界同級王座を懸けて対戦し、10回1分46秒TKO勝ちを収め、王座獲得と同時に日本人初の4階級制覇を達成した。なおこの試合はパリクテのプロモーターであるロイ・ジョーンズ・ジュニアが契約を結ぶストリーミング配信サービスのUFCファイトパスによりアメリカを始めとする、世界中で生配信された

2019年12月31日、大田区総合体育館でWBO世界スーパーフライ級1位の指名挑戦者であるジェイビエール・シントロンを相手に防衛戦を戦い、12回3-0(116-112×2、115-113)で判定勝ちを収め、初防衛に成功した

2020年6月25日、オザキボクシングジムの元会長だった木谷卓也が会長を務める「Ambition GYM」に移籍すると発表した。ジムが無いため、当面はEBISUK’sBOXジム内に間借りする形でのジムを運営となる

2020年、新型コロナウイルス流行の影響で全く試合を行えない状況となる中、漸く12月31日に丸1年ぶりとなる2度目の防衛戦を大田区総合体育館にて、WBO同級1位で世界3階級制覇の田中恒成(畑中)とWBO防衛戦を行い、井岡が5回と6回にダウンを奪うと8回に右ストレートからの左フックで田中の膝が落ちたところでレフェリーが試合をストップ、8回1分35秒TKOで2度目の王座防衛に成功した。この試合後、リングマガジンのパウンド・フォー・パウンドランキングで井岡は10位にランクインした。

私生活

2017年5月17日、歌手の谷村奈南と結婚。谷村の30歳の誕生日である同年9月10日、ハワイで挙式。2018年2月3日、都内で結婚披露宴を行った。同年11月11日、離婚を発表

2019年6月26日、元モデルの一般女性と再婚。同年8月17日、第1子となる男児が誕生

2020年12月31日の試合におけるJBCルール違反

井岡が入れ墨(タトゥー)を隠さずに試合をしたことについて、試合後にボクシングファンからJBCに問い合わせがあったという。JBCルール第86条において〈入れ墨など観客に不快の念を与える風体の者〉は〈試合に出場することができない〉と定められており、日本のライセンスを持った選手が国内のリングに上がる際は本項が適用される(外国人選手や海外での試合は適用外)。JBCによると、前日の軽量で注意を与えており、本人も何かを塗って薄くなるよう隠した様子であったが、塗っていたものが剥がれて段々濃くなっていった。いずれにせよ、ルール違反となるため、対応を検討中であるという

アメリカのボクシング専門サイト「BoxingScene」は、井岡の海外の交渉などを任せている担当者に連絡してコメントを求めてきたという。しかし正式な処分が出ていない段階でインタビューに応じられないと伝えると、「過去のコメントでもいいので」という話になり、担当者が昨年8月に井岡がYouTubeにアップして語っていたタトゥーに関する持論などを英語に翻訳して渡した。それが1月7日、井岡の反論記事とも読める記事となって掲載され、一部訳文が「『ボクシング・シーン』に自身の気持ちを語った」「井岡がこのほど、『ボクシング・シーン』のインタビューに応じた」という拡大解釈とともに日本の複数メディアの記事となってしまった

「JBCルールや処分対象となったことに徹底抗戦・問題提起を行っている」という誤解を招くため、井岡本人と井岡陣営は困惑しているという。井岡陣営の説明によると、今回もJBC関係者立ち合いのもとでファンデーションで隠す措置をしており、あえて薄く塗るなど意図的にタトゥーを見せる意図はなかった。ファンデーションの塗り方か、タトゥーが以前より大きくなっていたのが影響したのか、汗や激しい接触などで浮き出てしまった失態を認め、あくまで想定外の出来事であったとJBCに伝えており、反論も問題提起も行っていないという。

一方、JBC関係者が立ち会っているにも関わらず、ファンデーションの塗り方が不十分だったことにクレームをつけずに試合が行われたことはJBCの落ち度である。結果的にルール違反となった事実はあるが、井岡陣営の事情を考慮したうえで厳罰とはされない見通しで、井岡もそれを受け入れるという

ボクシングの興行には暴力団が関与していた歴史が長く、テレビ局の要請もあって「目に見える対応」が必要であった。入れ墨禁止ルールはこのため出来たものであるが、JBCは警察と連携してここ15年で暴力団排除を行ってきた。また選手のライセンス取得時に反社と関係しないことを誓約させており、JBCは2019年の広報誌で第86条について議論するべきだと提案している。しかしこの件について、当初、JBC担当者が処罰ありきのコメントをしたことが発端で大きな社会問題となり、JBCには抗議の電話やメールが殺到しているという。このことから、JBCは自らルールの撤廃をしにくくしてしまったのではないかという指摘もある   引用:wiki

 

スタイル

 

ボクシング関係者からは距離感、左ジャブ、駆け引き、冷静さ、コンビネーションなどが評価されている。井岡一法の語る井岡の強みは、距離感と打ち終わりのポジショニングなどのディフェンス面。切れのある左ジャブからの多彩なコンビネーションパターンを持ち、鍛えられた下半身から振り子のようにパンチを放つ。得意のパンチにはアマチュアの国際試合で学んだ、拳の角度を変えて当てる左のロングフックなどが含まれる

オスカー・デ・ラ・ホーヤを理想とし、そのコンビネーションについては「(デ・ラ・ホーヤは)ここでパンチをまとめたらレフェリーが止めてくれるのを知っているかのように連打する」と表現する。幼少期からアマチュア時代のデ・ラ・ホーヤのビデオを繰り返し観ており、全ての動きを攻撃につなげる攻防一体の「超攻撃型」を目指している   引用:wiki

井岡一翔の大麻疑惑

 

世界ボクシング機構(WBO)スーパーフライ級王者の井岡一翔(32=Ambition)が、昨年12月の世界戦の際に受けたドーピング検査で、大麻成分の陽性反応が出たことが26日、分かった。

 日本選手として初の世界4階級制覇を成し遂げている井岡は2020年12月31日、挑戦者の田中恒成(25=畑中)に8回TKO勝ちし、2度目の防衛に成功した。関係者によると、試合当日に井岡から採取した尿検体を「A検体」と「B検体」に分け、今年1月に検体を分析。A検体から大麻成分が検出された。この結果を受け、別の機関にB検体を提出したという。井岡は弁護士を通じ、違法薬物や不正薬物を摂取したことは一切ないとしている。

 09年4月にプロデビューし、国内男子世界王座最速獲得記録(当時)の7戦目で世界ボクシング評議会(WBC)ミニマム級王座を奪取した。19年6月には日本男子初の世界4階級制覇を達成。戦績は28戦26勝(15KO)2敗で、世界戦通算17勝は日本男子最多記録となっている。

 田中との防衛戦の後、左腕に入れたタトゥーが問題視され、日本ボクシングコミッション(JBC)から厳重注意処分を受けたばかりだった。    引用:日刊ゲンダイ

 

下記日刊ゲンダイへのリンクです。

 

https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sports/288475

 

 

 

世界王者・井岡一翔から大麻成分、JBC関係者「陽性」認める 27日事情説明/BOX

田中との大みそか決戦を制し、腰にチャンピオンベルトを巻いた井岡だが…。ドーピング検査で禁止薬物が検出された

田中との大みそか決戦を制し、腰にチャンピオンベルトを巻いた井岡だが…。ドーピング検査で禁止薬物が検出された

 複数の関係者によると、JBCによるB検体の検査前に検体が警察に渡された。週刊FLASH(電子版)によると、警察の鑑定で全量を使い切ってしまい、JBCはこれ以上検査を行うことができなくなっているという。

 プロボクシング界では通常、問題が起こった場合はJBCが当事者に聞き取りを行い、倫理委員会を開催。処分を科すかどうか決定する。同弁護士によると、JBCからは倫理委員会を開催するとの連絡があったという。井岡が再検査を要求した場合、週刊誌報道通りに、既にB検体がないとなれば、井岡のドーピング違反の有無を確定することはできなくなる。

 B検体の取り扱いや、大みそか決戦から4カ月後にA検体の陽性反応が明らかになるなど、JBCの姿勢に多くの疑問が残る。JBC倫理委員会の浦谷信彰委員長はこの日、報道陣の取材に「全ての質問に関して回答は控えさせていただきます。明日(27日)、プレスリリースを発表する」とコメントした。

 井岡は田中に完勝したことで国内外で評価を高めた。一方、この試合でタトゥー(入れ墨)が露出した状態で闘い、JBCルールに抵触したとして1月21日付で厳重注意処分を科されている。今年の目標を「他団体の王者と闘って、統一王者になる」と設定している井岡。27日のJBCの発表が待たれる。  引用:サンスポ

 

下記サンスポへのリンクです。

 

https://www.sanspo.com/sports/news/20210427/box21042705030001-n1.html

 

 

井岡一翔 Diet Academyのインスタ

 

インスタでは日常の出来事や、家族、仲間との写真があげられていました。

 

https://www.instagram.com/kazuto_ioka_official/?hl=ja

 

 

井岡一翔 Diet Academyの人気動画

 

井岡一翔 Diet Academyさんの人気の動画はこちらとなっています。

 

 

なんと再生数は24万回!

 

彼のぶっちゃけトーク動画で、タトゥーについてどう思うか、ボクシング界の闇について語っています。

 

井岡一翔 Diet Academyの最新動画

 

そんな井岡一翔 Diet Academyさんの最新動画はこちら!

 

 

TKOの木下さんとのコラボ動画です。

 

料理対決で勝負し、敗者は激辛マーボー豆腐を食べるという動画です。

 

敗者のリアクションが大変面白い内容となっています。

 

まとめ

今回は井岡一翔 Diet Academyさんについて調べてみました。 いかがでしたか?

 

 

格闘家で人気の井岡一翔 Diet Academyさんですが、今後も要チェックなYouTuberだと思います!

 

 

これからも井岡一翔 Diet Academyさんに注目したいと思います!